突然ですが、わたしの親はすこし難のある親です。
最近、親とどのくらい距離をとるのが道徳的に正解か、考えることが多くなりました。
“親に毎日連絡をとるのがいい娘?” ”年老いた祖母・母のことを毎日気にかけて連絡しないと、冷たい人間?”
でもこれ、私の意見じゃないんです。
”親に毎日連絡をとるのは当然!” ”年老いた私たちのことを気に欠けず、死んでいたらどうするんでしょうね!”
”電話にもでないで、病院に搬送されましたの連絡だったらあなたどうしたんでしょうね。”
”中学生くらいからずっと思ってたけど、あなたって冷たい人間よね。”
わたしが言われてきたこと。
それにまだ苦しんでるんです。
そんな冷たいことを言われたのにどうして縁をきらないの?
そう思う人もいるかもしれません。
母に依存しているから? 他人の目が気になるから?
ちがいます!
母に、父に、幸せになってもらうことを願う自分でいたいからです。わたしの自分へのわがままです。
母も、父も、心をずたずたにすることを言うから、傍にずっといたら私が壊れていってしまいます。
でも、遠くから幸せを願っていて、苦しい時にレスキュー隊のように駆けつける存在でありたいとわたしは思います。
この答えにたどり着くまでに何年もかかりました。
わたしは、この ”レスキュー隊のように見守ってくれる、厳しくもやさしい両親”がずっとほしかったんです。
でも私の両親はそうじゃありません。
小学校くらいまではにこにこ優しかった母は、口を開けば、父と結婚して自身がどれだけ不幸か、そのせいで体調が悪い、しんどい。そればかり。
父は小さい頃は浮気してほとんどいませんでしたが、家に帰るようになってからは上から目線で話すか、自慢か、敬えと怒るか…。弟への暴力もたびたび見ました。
”母も弟も暴言をはかれるけど、あなたははかれなくて幸せね。” 父の暴言はおもに母と弟に向けてだったので、そんな風に言われることもありました。
小さい頃はずっと幼稚園児に戻ることが私の夢でした。
幼稚園のころ、父はいませんでしたが、母も祖母も叔父もいて、あったかくて幸せでした。
”あなたは幸せね”なんて、言われなくても幸せでした。ちゃんと私を見てくれていました。
だから必死に優等生になって、私をみてもらえるようにがんばりました。優しくて、賢くて、清楚でかわいい。理想の娘、孫になれるように。
たしかにいい成績をとったら、喜んでもらえました。でも、見てくれない、という思いは変わらずでした。
父が帰ってきてからは、父の暴言で母が変わってしまってからは、何回か死のうと思ったこともありました。
でも怖かった。
わたしは体に傷が残って、将来に影響することの方がずっとずっと怖かったんです。幸せな未来をあきらめたくなかったんです。
わたしはそれから、”愛”があることを証明したくなりました。
見たことはないけど、愛し愛される関係があることを証明したい。
そう思ったわたしは、大人になり、なぜか父によく似た人ばかりと付き合うようになりました。
父の悪口をずっと言ってくる母のように、わたしはならないぞ! どんな相手とでもうまく愛し愛される関係をわたしは築けるぞ! というのを主張したかったんだと思います(笑)
結局そんな恋愛はうまくいかずでしたが、愛を証明したい!という思いに比例して、心も強くなりました。
証明したい、と思っていたから、どんなにひどい別れ方をしてもひねくれることはなく、強く心をもち、まっすぐにその人を見よう、愛そう、傷ついてもいいから信じよう。そう思って恋愛しました。
そして、母にも祖母にも、幸せになってほしい。暴言を吐くから近寄れないけど、できるなら父にも。そう思うようになりました。
でもそのためには、優しい親を望むことを、捨てなきゃいけません。親として愛してもらうことを期待していたら、失望したり、悲しい思いをしたり、怒ったり落ち込んだりして、上手に親と付き合えないからです。
だから、私は子供をやめました。レスキュー隊みたいな存在であろう。愚痴を聞くのがあまりにもしんどい時は無理だけど、私が元気な時はできるだけ母の話を聞こう。父から逃れられるまで、できるだけ助けになろう。父のせいで、母が死にたいと言ってこなくなるまで。
なかなか腰をあげてくれない母でしたが、数年単位での説得のうえ、周りの助言もあり、なんとか父との別居にまで漕ぎつくことができました。
いま、母は祖母とそれなりに幸せそうに暮らしています。別居できて本当によかった。そう言っています。
また、結局わたしはだれよりも愛情深くて、素敵で、あったかい人と結婚しました。
”結婚なんてしなくていいじゃない” ”結婚なんて地獄のはじまり” とわたしの幼少期から言っていた祖母も祝福してくれました。
わたしはもう、幸せです。もっともっと幸せを目指すけど、十分すぎるくらい幸せです。毎日泣けちゃうくらい!
そして、家庭をもったいま、母も祖母も”まめに連絡をしない娘は親不孝ものだ!”なんて言ってきたり、一日に何度も電話がきて、出ないと怒ったりしなくなりました。
たまに母に電話しても、父にいじめられることがなくなったため、愚痴をいわれることが少なくなってきました。父のことを嫌いになれ、と言われることもありません。
ただ、“毎日連絡をとらない娘のたすけなんていらない” “連絡しないなら、私(母)にもしなにかあっても連絡なんてとってやるか” と言われてきた手前、連絡をしない「冷たい」といわれてしまうのでは、なにかあった時に連絡をもらえないのではという考えが頭をよぎってしまうんです。
もう母が父にいじめられて死を考えることはないのに?
母も祖母も、家庭をもった私を気遣って連絡しないようにしてくれているのに?
そこで、”わたしへ”、
”あなたはもし、結婚した友達が毎日親に連絡をとっていなければ冷たいと思いますか?”
いいえ、思いません!
体調が心配なら、たまーに連絡をとればいい。月曜日に1回とか。「たまに」がどれくらいがいいかでまた悩むなら、回数も電話する日も決めちゃえばいい。
この数行が結論です。
もちろん人によっては、「それじゃあ冷たいよ」と思う人もいるかもしれません。でも、これは価値観によります。正解のない答えにずーっと頭を使うほど、わたしはひまじゃあありません!(笑)
みなさんももし、正解のない問いに悩んでいたら、そう思ってください。
思う存分考えて、自分なりの結論をだしたら、一度考えるのをやめてみてください!
それが今日わたしが伝えたかったことの1つ目です。
もう1つは、”毒親” なんていいたくないけど、自分の親との関係に悩んでいる皆さんへ。
解決しない悩みなんてないです。大抵のことは、時間が解決してくれます。自分なりの答えもでてくるはずです。
そして、悩んでいる時点であなたは優しいです。親との関係を考えるうえで、どんな選択をしようと、自分を愛することだけは、
“自分がこうありたい”という姿をあきらめることだけは、どうかやめないでください。
以上、だれか一人でも救いになってくれたらいいな、という思いと、自分の頭の中の整理整頓でした。